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  鍋横物語
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第1章
第2章
第3章
1 道・街道・道路
2 商いを通して見た街
3 空き地は社交の場
4 まちの情景・風物
5 まちが変わる ―関東大震災・第二次世界大戦によって―
 (1) 怖かった関東大震災
 (2) カッパの干し場
 (3) 買出し
 (4) バラエティに富んだ物売り(行商)
 (5) まちが変わった日
6 歴史を移す≪お題目石の移設≫
7 歴史を掘る≪転車台の現れた日≫
8 懐かしくありませんか?
 
 第4章


(5) まちが変わった日

 語り部:山内仙太郎(昭和7年生


  鍋横に移り住んで60年余りになります。生まれは静岡ですが、昭和32年から現在のところで質屋を営んでいます。時代の流れとともにまちもいろいろ様変わりしてきましたが、私が一番心に残っているのが戦時中のことです。
 昭和18年のある日、友達と下校のため本郷小学校の西門を出たそのとき双発機が低空で私たちの頭上を杉並方面に飛んでいきました。と同時に空襲警報のサイレンの音と、今まで聞いたこともない「ドカーンドカーン」という高射砲の音が響き渡ってきたのです。子ども心にとてつもなく大変なことが起こっているんだと不安と戸惑いを覚え、その日を境に私たちの生活もまちも大きく変わっていくのを感じました。今まで賑わっていた商店街も衣・食の統制により配給制になるとともに、閉める店が多くなりました。子どもたちも学童疎開や縁故疎開が始まり、児童数も減っていき、学校行事などは学級単位から地域の町会を単位とした分団活動に変わっていきました。担任の先生が徴兵になり卒業式の後みんなで本町6丁目の家までお別れに行きました。なんとなく寂しい思いがしました。
 昭和20年5月本郷小学校の東側一帯は戦火に遭い焼け野原になりました。我が家も焼け出され、バラック生活を余儀なくされました。

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